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東京地方裁判所 昭和33年(モ)15914号 判決

債権者 井部秀子 外二名

債務者 斉藤貞作

主文

当裁判所が、昭和三十三年(ヨ)第六、四六七号不動産仮差押申請事件及び同年(ヨ)第六、四六六号自動車仮差押申請事件について、同年十一月二十六日した各仮差押決定は、いずれも認可する。

訴訟費用は、債務者の負担とする。

事実

第一債権者等の主張

(申立)

債権者等訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

(理由)

一、井部正雄は、債権者井部秀子の夫で、債権者井部祐子、同井部正治の父にあたるが、大正七年七月二十日生れの歯科技工士であり、財団法人愛世会歯技工士養成所講師兼技術部副部長として勤務していたが、昭和三十三年十月二十八日午後十時五十分頃同僚二名とともに、東京都板橋区板橋町六丁目三千四百四十一番地先路上を横断しようとした際、志村方面から時速五十五粁以上の速力で運転手木内時男の運転する債務者所有の別紙目録記載第二の(二)の乗用自動車(以下本件乗用車という。)に衝突し即死した。右衝突事故は、木内時男が飲酒酩町のうえ法定の制限速度をこえて運転し、かつ、前方注視義務を怠つた業務上の過失に基いて発生したものである。

二、井部正雄は右事故死により金五百二十二万七千五百九十六円の得べかりし利益の取得を妨げられた。すなわち

井部正雄は、当時、満四十才の健康な男子であり、歯科技工士として現に月額平均金四万六千五百八十四円の給料の支払いを受けていたが、歯科技工士の職業は終生行うことができ、その収入は月額平均五万円を下らない。したがつて、同人は存命中右財団法人を辞めても、前記現在月額以上の収入があるであろうことは確かである。厚生省大臣官房統計課調査部編(昭和三十年一月)第九回生命表によると、日本人男子満四十才の平均余命は二九・四三才である。井部正雄の生計費は月額金一万円とみるのが相当である。以上により、同人が、本件事故により失つた得べかりし利益は、

(46,585円-10,000円)×12(円)×29.43(年)=12,920,005円

ホフマン式計算法によリ中間利息年五分を控除すると

12,920,005円×(1/(1+0.05×29.43))=5,227,596円

すなわち、五百二十二万七千五百九十六円余となる。

三、債務者は、本件乗用車の所有者であり、木内時男を運転手として雇い入れ、同人をして本件乗用車を運転させ、自己のために本件乗用車を運行の用に供しているものであるから、その運行によつて本件事故死が起された以上事故死に基く損害について自動車損害賠償保障法第三条による賠償責任を負担すべきものである。

仮に、右賠償責任が認められないとしても、債務者は、自己の事業のため木内時男を雇い入れて使用する者であり、本件事故は、被傭者たる木内時男が債務者のとくい先の望月俊直等を乗車させて池袋へ行き、一旦戻つた後、再び乗車して食事に出かけた際に生じたものであり、木内時男が使用主たる債務者の事業執行中に本件事故を起したといえるから債務者は、前記損害について民法第七百十五条の使用者責任を負わなければならない。本件事故当時設立準備中であつた板橋製紙工業株式会社は、工場及び土地は債務者個人所有のものを使用し、その発起人はすべて債務者の親族知人で占められており、設立後は債務者が代表取締役に就任したものであり、実質上、債務者個人の主宰する事業というべきである、このことは、債務者に対し、自動車損害賠償保障法第三条又は民法七百十五条に基く責任の有無を判定するにあたり特に考慮されるべきである。

四、債権者等は、井部正雄の死亡により前記損害賠償請求債権を各三分の一宛の相続分に応じ相続したものであるが、債務者は右損害賠償にいささかも誠意を示さず、本件乗用車を売却しようと企てているので、債権者等は、本案訴訟における勝訴判決の執行を保全のため、前記損害賠償請求債権の内金各金五十万円の被保全権利として、東京地方裁判所に、別紙目録記載第一、第二の各物件に対する各仮差押を申請(昭和三十三年(ヨ)第六、四六六号事件及び第六、四六七号事件)し、同年十一月二十六日、主文第一項掲記の各仮差押命令を得たが、右各決定は相当であり、いまなお、維持する必要がある。

第二債務者の主張

(申立)

債務者訴訟代理人は、主文第一項掲記の各仮差押決定は取り消す。本件各仮差押申請は却下するとの判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(理由)

一、債務者は、自動車損害賠償保障法による賠償責任を負うべきいわれはない。債務者が、使用の本拠を東京都中央区の債務者住居とする本件乗用車を、保管のため清算中の板橋製紙株式会社の工場内においたところ、債務者と雇傭関係のない木内時男が、夜遊びに行くため債務者に無断で運行中本件事故を起したものであるから、右木内時男の運転行為は、債務者のために運転するものとは到底いえない。

二、債務者は、民法第七百十五条による使用者責任をも負担すべき筋合いはない。債務者は、十数年来板橋製紙株式会社(以下旧会社という。)の代表取締役であつたが、旧会社は昭和三十三年一月二十七日解散し、目中清算中で同社の工場は閉鎖されていたが、渡井秀雄、斉藤邦雄等が中心となり右工場を再開し、同年十二月一日、板橋製紙工業株式会社(以下新会社という。)の設立を行つたが、これよりさき、渡井秀雄、斉藤邦雄は、同年九月中新会社の設立を前提として操業準備を始め、同年十月一日から工場の試運転を始め、渡井秀雄は、同月八日木内時男を運転手として雇い入れて資材製品の運搬に当らせていた。債務者は、本件乗用車以外の自動車をも所有していたから、本件乗用車は他に売却の予定で前記工場倉庫に入れ、斉藤邦雄に保管を託していたところ、木内時男が、夜間ひそかに本件乗用車を持出して全くの私用のため運行中本件加害行為に及んだものである。要するに、債務者は、木内時男との間に使用関係がなく、仮に使用関係が認められたとしても、木内時男の本件加害行為は事業の執行につき行われたものではない。

第三疎明関係

(債権者等の疎明等)

債権者等訴訟代理人は、甲第一から第十四号証を提出し、証人斉藤邦雄(第二回)、木内時男、谷口末春の各証言を援用し、乙第二、第五号証、第六号証の一、二及び第十二、第十三号証の各成立を認めるが、その余の乙号各証の成立は知らないと述べた。

(債務者の疎明等)

債務者訴訟代理人は、乙第一、第二号証、第三号証の一から七、第四号証の一から四、第五号証、第六から第八号証の各一、二、第九号証、第十号証の一、二及び第十一から第十四号証を提出し、証人斉藤邦雄(第一回)、木内時男、渡井秀雄、石黒ひさ子、望月俊直の各証言並びに債務者本人尋問の結果を援用し、甲第十一から第十三号証の成立は知らないが、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

一、債権者等が本件各仮差押命令申請の理由、したがつて、主文第一項掲記の各仮差押命令認可の理由として主張する事実中債権者の主張項一の事実は、債務者において明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

二、債務者に自動車損害賠償保障法第三条による賠償責任があるかどうか考えよう。成立に争いのない乙第二、第五号証、証人斎藤邦雄(第一、二回)、木内時男の各証言及び債務者本人の供述を総合すると(ただし、斎藤邦雄の証言及び債務者本人の供述中後記措信しない部分を除く。)、代表取締役が債務者で、株主の大部分が債務者の親族によつて占められ、製紙事業を行つていた旧会社は、昭和三十三年一月十五日解散し、債務者は右会社の代表清算人となつたが、同年九月頃に至り、債務者が、中心となつて同じく製紙事業を営む新会社を、旧会社の施設をそのまま利用して設立することとなり、同年十二月一日右新会社は設立され定款が作成され、債務者は新会社の代表取締役に就任して現在に至つている。これよりさき、木内時男は、静岡県富士市の自宅に徒食していたところ、渡井秀男から近く新会社が設立されるから勤務するよう勧めを受け、債務者からも二、三日中に来社するよう連絡を受けたのでこれを承諾し、同年十月七日上京して近く設立されるべき新会社の事業のため運転手として傭われることとなつた。この頃、債務者は、近く設立されるべき新会社の統括者として、従業員から社長と呼ばれ、月に十五日位出勤して工場の設備、経営、従業員の給与額の決定等の要務を掌理し、渡井秀男は専務として債務者の旨を受け、従業員に対する直接の指揮監督を行い、斎藤邦雄は会計事務に従つていた。木内は債務者及び渡井秀男の命を受け、主として、トラツク運転の業務に従事していたが、折にふれては、本件乗用車(同じく、債務者所有のトラツクと共に、工場敷地内車庫に格納されていた。)を運転して社長たる債務者を自宅から会社迄送迎し、或いは、本件乗用車に事務員や営繕係員を乗車させて川口や登戸などへでかけたこともあつた。しかして、本件事故当日、木内時男は、債務者の次男から本件乗用車のキーを預つていたが、午後六時すぎ頃、専務たる渡井秀男及び会計の斎藤邦雄から本件乗用車の運転を命ぜられ、右両名の外営繕係の大石及び発起人の一人たる望月を乗用させて外出し、同人等と飲食をともにして工場へ戻つた後、さらに単独で夕食をとりに赴くべく本件乗用車を運行中本件事故に至つたことが一応認定できる。これに反する証人斎藤邦雄(第一、二回)、同渡井秀男、及び債務者本人の供述部分並びに乙第一号証、同第七、八号証の各二及び同第九号証の各記載は、にわかに信用しがたく、他に右一応の認定を左右するに足りる疎明はない。

右一応の認定事実によれば、債務者は、一般的には、昭和三十三年十月七日頃より本件事故当時まで引続き運転手木内時男をして本件乗用車を運転させ、自己のために運行の用に供していたということができる。しかしながらら、本件事故は、債務者が傭つた運転手木内時男が、私用のため権限外の運転(ある事業のため傭われている運転手が、深夜十一時近く、私用のため自動車を運行することは、特段の事情の認むべきものがない限り権限外の運転というべきであろう。)をした際に起つたものであり、かかる場合においても、債務者は、本件加害行為となつた運転行為との関係において、「自己のために本件乗用者を運行の用に供する者」といいうべきであろうか。

自動車損害賠償保障法第三条は、いわゆる危険責任及び報償責任の思想に基いて、民法の不法行為責任の要件を著しく緩和し、自動車事故による被害者の保護を図つたものである(同法第一条)から、その解釈にあつては、右法律の思想的根抵ないし目的に照らし合理的に解釈されるべく、かかる見地から本件をみるに、債務者は、自己のために、運転手木内時男をして本件乗用者を運行させていたものであるから、たまたま、運転手の木内時男が本件乗用車で権限外の運行をして本件加害行為に及んだとしても、いやしくも、同人を信頼して本件乗用車の運転を任せていた以上その運行によつて生じた事故による損害賠償責任は、法定の免責要件がみたされない限り、債務者がこれを負担しなければならない。けだし、このことは、同法第三条但し書が、免責の一要件として「自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、」と規定する(この規定部分は、自動車をみずから使用しうる権利者で、自己のために自動車を運行の用に供するものが、雇運転手をして運転させた場合には、前者は、後者の選任監督についても所要の注意を怠らなかつたことを立証しなければならないとの法意を含むと解せられている。)ことからも容易に推論されうる。

三、損害額について考えるに、成立に争いのない甲第六号証、証人谷口末春の証言によつて成立を認めうる同第十一から第十三号証及び同証人の証言に前記自白したとみなす事実を併せ考えると、井部正雄は、本件事故当時、満四十才の健康な男子で、歯科技工士の職にあり、愛世会歯技工士養成所に勤務し、(以上の点は争いがないとみなすす。)月額平均四万六千五百八十四円の給料の支払を受けていたが、右歯科技工師の職業は終生行うことができ、同人のごとき力量と経験があればその収入は月額五万円を下らないから、同人としては右財団法人を辞めたとしても、事故当時以上の収入を得べきことは確実であり、厚生大臣官房統計課調査部編第九回生命表によると、日本人男子満四十才の平均余命は、二九・四三才であり、井部正雄みずからの生計費は月額一万円とみるを相当とするから、同人が本件事故死によつて取得を妨げられた得べかりし利益は、

(46,584円-10,000円)×12(月)×29.43(年)=12,920,005円

ホフマン式計算法により中間利息年五分を控除すると、

12,920,005円×(1/(1+0.05×29.43))=5,227,596円

すなわち、金五百二十二万七千五百九十六円となり、債権者等は右井部正雄の妻は子として、井部正雄の死亡により各三分の一の相続分により(右身分関係事実は争いがないとみなす。)右金五百二十二万七千五百九十六円の損害賠償権を相続したことが一応認定され、これに反する疎明はない。

したがつて、本件各仮差押命令の被保全権利たる債務者に対する損害賠償請求債権内金百万円の存在はこれを肯認しうる。

四、本件各仮差押の必要あることは、本件口頭弁論の全趣旨に徴し、たやすくこれを肯認しうる。

五、以上説示したとおり、本件各仮差押申請は、すべて理由があるということができるから、これを認容してした主文第一項掲記の各仮差押決定は、いずれも相当であるからこれを認可することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条第八十九条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳澤千昭)

物件目録 第一

東京都中央区日本橋蠣殼町一丁目十五番地

九家屋番号 同町島四十七番

一 木造トタン葺二階建店舗 一棟

建坪 十坪七合四勺 二階 九坪七合二勺

物件目録 第二

(一) 自動車登録番号 一す五〇一一

車名       トヨタ

型式       五七年FA

車台番号     七・FA六〇-五三九三五

原動機の型式   F

使用の本拠の位置 板橋地区長後町一丁目三十三番地

(二) 自動車登録番号 五む八一七五

車名 トヨペツト

型式 五七年RSD

車台番号 七RS四一八一二

原動機の型式 R

使用の本拠の位置 中央区日本橋蠣殼町一丁目十三番地

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